和道流空手動連盟

大正時代

大正元年(1912)
父、徳次郎の死によって、早稲田中退そして母サトの紹介により川崎銀行(現三菱UFJ信託銀行)に入行。川崎銀行
大正2年(1913)
接骨術、活法の研究を始める。
大正3年(1914)
徴兵猶予撤廃に伴い水戸歩兵第2連隊に入隊。
大正9年(1920)
柔道整復会より整骨師の資格免許を授与される。
大正10年(1921)6月1日
満30歳の誕生日に、中山辰三郎行儀師より神道揚心流柔術の免許皆伝を允許(いんきょ)され、同流第4世を継承する。
大正11年(1922)7月
琉球空手術を富名腰義珍より学び始める。
大正13年5月5日(1923)
皇居、済寧館道場において富名腰義珍と共に空手術の演武公開する。
大正15年(1925)
富名腰 義珍より独立。

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