天神真揚流

流祖・磯又右衛門正足(1863~1937)は伊勢国(三重県)松坂で紀州藩士岡山家に生まれ、旧姓名を岡山八郎正足と言った。磯又右衛門正足は幼少より武術を好み文政元年(1818)江戸に上がり、当時楊心流の名人といわれた一柳藩家老・一柳織部義路に入門。約6年間を一柳のもとで学び、一柳の死後、真之神道流柔術の達人・本間 丈右衛門正遠の門に入り、さらに6年にわたって修業を積み、奥義を得た。奥義を得て以降、数年間諸国を武者修行して回る。その途路、近江の国で人助けのため多数の悪人と闘った。このときの経験から、実戦では当身が有効であることを悟ったという。また京都で修業中、技術を極めようと北野天満宮に参籠、その結果、楊心流と真之神道流を合せ、さらに自らの研究した技を取り入れ、天神真楊流と称したとされる。