直心影流剣術

江戸泰平期に興った新興流派の1つ。新陰流(拳法の三開祖の1人、上泉伊勢守信綱が流祖。門下に優秀な者多く、ことに柳生宗厳の子孫が相次いで徳川将軍家師範と成る)の奥義を受けた山田平左衛門光徳が唱えたもの。この流派が有名になるのは光徳の三男:長沼四郎左衛門国郷の時からである。享保年間(1716~1736)、芝西久保に道場を持った長沼四郎左衛門国郷は、父:山田平左衛門光徳の時代から行われていた竹刀,防具に改良を加えて実用化した、竹刀,防具使用による試合稽古を中心にして江戸第一の繁盛を示したという。その門からは後に講武所頭取などを歴任した男谷 精一郎信友や講武所教授方:榊原 鍵吉などの優秀な人材を輩出した。